6日目 フィレンツェへ(約280q・約4時間)
昼食後、
世界遺産フィレンツェ歴史地区観光
観光後、皮革店へ
ポンタッシェベ(ホテル)へ
フィレンツェ
古代ローマ時代、花の女神フローラの町としてフロレンティアと名付けたことが語源とされている。
花の都 フィレンツェは、町全体が美術館だといわれているほど美しい町。
その歴史はエトルリアの時代と遡るが世界史の表舞台に出たのは、何といっても燦然と輝くルネッサンス時代だ。
メディチ家の庇護の下、多くの芸術家がフィレンツェで作品を残している。
車窓から トスカーナ地方に入ってきた | 広大なブドウ畑が続く | 山の高い所に家が点在していたり集落をつくっていた 昔、マラリアになり難い事と襲われ難い利点のためという |
ミケランジェロ広場 中央にミケランジェロのダヴィデ像 (レプリカ)の建つ広場 |
広場からドゥオーモのクーポラも見える | アルノ川に2分されたフィレンツェのすべてがこの風景の 中にある。 |
フィレンツェの町並みを一望できる小高い丘の広場。 広場はジョゼッペ・ポッジの設計で1869年に造られた。 中央には、ミケランジェロのダヴィデ像とメディチ家の 礼拝堂にある4つの寓意像のレプリカを組み合わせた 記念碑が建つ。 |
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広場からヴェッキオ橋を望む | アルノ川 | |
てんこ盛りの野菜サラダ | 鶏モモのオーブン焼き おいしかった! | ティラミス ここが一番かな。。 |
サンタ・クローチェ広場では チョコレート市が開催されるようで準備が すすめられていた。 ↓ |
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レストラン内 | こちらのレストランにて昼食 | |
サンタ・クローチェ教会はフランシスコ会の世界最大の教会 | 多くの文化人が埋葬されている | フィレンツェ最古の広場:サンタ・クローチェ広場 |
裁判所だったか | 馬車止め | 警察署か裁判所の建物 |
ダンテ生誕の地 アリギエーリ家の持ち家を1900年前後に 再建したもの。 メディチ家 「メディチ」は「薬」という意味であり 先祖は薬屋か医師であったのではないか とされている。 メディチ家の紋章 百合の花と丸薬をかたどっている ↓ |
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ダンテの家 | ||
ジプシーの女性が「ダンテはここに」と杖で指している 足が不自由で働けませんのでお恵みをと訴えているらしい |
ダンテの顔が形どられている | メディチ家の紋章が |
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は、フィレンツェに あるキリスト教・カトリックの教会。 フィレンツェの大司教座聖堂であり、ドゥオーモ(大聖堂) サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼の3つの建築物で 構成される。教会の名は「花の聖母マリア」の意。 巨大なドームが特徴的な大聖堂は、イタリアにおける ゴシック建築および初期のルネサンス建築を代表する ものでフィレンツェのシンボルとなっている。 石積みの建築ドームとしては現在でも世界最大である。 1296年から172年間かけて建設された。外装は白大理石を 基調とし、グリーン、ピンクの大理石によって装飾され すこぶるイタリア的なゴシック様式に仕上がっている。 |
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サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂が見えてきた | 大聖堂 | |
馬車が | ||
鐘楼 (下部分) | 鐘楼(上部分) | 大聖堂 |
大聖堂前の八角形の建築で壁面は外装と同じ大理石で 造られている。11〜12世紀の建築。 町の守護聖人(聖ジョヴァンニ)に捧げられたもので大聖堂 の建立にともなって洗礼堂として使われるようになった。 この洗礼堂はロレンツォ・ギベルティによる東側の扉が特に 有名、後にミケランジェロが「天国への門」と呼んで賞賛した ことから主にこの名で呼ばれる。 |
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「天国への門」 | 左から洗礼堂・大聖堂・鐘楼 | 宝石箱のような洗礼堂 サン・ジョヴァンニ洗礼堂 |
大聖堂内部はゴシック様式で簡素です | 大聖堂天蓋の見上げ『最後の審判』 | |
大理石の床 | ステンドグラスは非常に美しい | 大聖堂の内部空間 |
24時間時計 | フィレンツェって感じ | |
レプッブリカ(共和国)広場に出た | 出店やメリーゴーランドの小さいものがあった | |
新市場のロッジアにある猪のブロンズ像。こちらはレプリカ。 | シニョリーア広場のヴェッキオ宮を横目に | ズームしてみた、成功! |
たくさんのピザ | 赤ワインだよ | おいしそうなパンが並んでいます |
ヴェッキオ橋:アルノ川にかかるフィレンツェ最古の橋 ヴェッキオ橋の西側、トリニタ橋を望む |
ヴェッキオ橋東側、グラツィエ橋を望む | グラツィエ橋をズーム! |
左に見えるのはウッフィツィ美術館です | 13世紀には肉屋が並び異臭を放っていたとか。宮殿近くに 臭い市場があることを嫌ったフェルディナント1世の命令に よりすべて退去させました。 |
宮殿周辺にふさわしい宝石店が建ち並ぶようになった。 この宝石に値札がついていません。 |
コジモ1世の時代ピッティ宮とウッフィツィ宮を結ぶ通路 としてヴァザーリにより建設されたもので ヴァザーリの回廊という。 当時は、小さな車も通ったという。 |
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ヴェッキオ橋 | この橋の上の店は歴史のある老舗や高級店とのこと | |
ヴェッキオ宮殿が見える | フィレンツェ共和国政庁舎、現在も市役所となっている | ヴェッキオ宮殿前の彫像 |
左側のミケランジェロのダヴィデ像(レプリカ) | 右側のヘラクレスとカクス群像 | シニョリーア広場 ネプチューンの噴水 |
ネプチューンはローマ神話の海の神様で足元にサチュロス (ギリシャ神話の下半身が山羊の怪物)がいる複雑な場面に |
大公コジモ1世の騎馬像 |
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宮殿に向かって右にはゴシック様式のアーケードを持つ ランツィのロッジアがあります |
メドゥーサの首を掲げるベルセウスの像(ブロンズ像) | |
観光後、イタリア皮革店へ案内され 家族のお財布を買った。 40分ほど時間があったのでサンタ・クローチェ教会へ 行くことにした。 教会、付属美術館と共通で5ユーロ |
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サンタ・クローチェ広場 可愛らしい坊や出現! | ||
この教会にはミケランジェロ、マキャヴェリ、ロッシーニ G・ガリレイなど276の墓が納められている |
屋内 | |
ミケランジェロの墓碑 | ドナテッロによる金色のレリーフ「受胎告知」 | 主祭壇 |
ガリレオ・ガリレイの墓碑 | ニッコロ・マキャヴェッリの墓碑 | |
左側の壁 | ガリレオ・ガリレイの墓 | 右側の壁 |
ポンタッシェベのホテルへ | ||
慌しく付属美術館を出る | 今夜こそワインを飲まなくては | |
ペンネアラビアータ おいしかった | ポークソティもおいしかった | こちらもおいしかった |
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